知立神社(多宝塔)
嘉祥3年(850)僧円仁が神宮寺を創建して知立神社の
別当寺とし、多宝塔を建立したといわれます。その後天文16年(1547)
兵火により寺は焼失しましたが、多宝塔は永正6年(1509)再建と
伝わっており、天文の災禍を免れた神宮寺の遺構と考えられます。
相輪先端までの高さは14.5m、屋根は柿葺、
四隅に宝珠を置きます。これらは明治の廃仏毀釈の際取り外され、神社の
文庫として難を逃れたもので、大正9年(1920)の解体修理の際に
復元されました。本尊であった愛染明王は廃仏毀釈で撤去されたまま現在は
総持寺にに安置されています。
和様は基調とした均整のとれた多宝塔であり、全国的にも遺構の乏しい
神宮寺の建築を知る上で貴重なものです。
(Map-Code#17 650 038)